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山崎正友、自ら仕掛けた謀略で自ら破綻 吹き飛んだ三大デマ事件 仕組まれた悪質な謀略を斬る〈5=完〉 悉く崩れ去った卑劣な嘘と工作 奪命魔・山崎と結託した連中は必ず悲惨な末路に 自業自得!金と女性に狂い、裁判で敗訴(本年6月大分地裁) *“信平狂言は山崎の仕業”と共産議員秘書* 創価学会に対して仕掛けられた「三大デマ事件」の崩壊は、とりもなおさず、ペテン師・山崎正友の謀略がすべて破綻したことを意味する。なぜなら「白山さん名誉毀損事件」(平成六年)、「東村山市議転落死事件」(平成七年)、「信平狂言訴訟事件」(平成八年)――山崎がこの三つのデマ事件の“陰の仕掛け人”であるからだ。 まず「信平狂言訴訟事件」。 すでに本年五月、東京地裁が信平信子の請求すべてと夫・醇浩の訴えの一部を棄却する信平側敗訴の判決を下している。 残っているのは、醇浩のわずかな“言い掛かり”だけ。去る九月二十九日、その醇浩の訴えを巡り、東京地裁で口頭弁論が行われた。 ここで学会側は狂言訴訟の土台をなす二つの虚構を打ち崩す主張を展開。一つは信平夫婦の学会役職解任をめぐる嘘であり、もう一つは、醇浩が“事件”なるものの話を聞いたのが信子の捏造手記が掲載された「週刊新潮」発売直前だという作り話である。 前者については、役職解任は金銭問題が理由であること、後者については、捏造手記掲載の前年(平成七年)、醇浩が“事件”なるものの内容をにおわせて学会本部へ恐喝電話をかけてきていること等から、虚偽の事実をデッチ上げて訴訟を提起したことは明白で、訴権を濫用するものであると断じたのである。 この狂言訴訟の背景には、至る所に山崎正友の影がちらついている。 例えば、信平側は何かあるたびに記者会見を開き、マスコミを最大限に利用しようとする。なかには「週刊新潮」など、癒着している低俗誌もあるが、その狙いは自分たちに都合のいいように騒ぎを拡大しようというもの。こうしたマスコミ戦術こそ、山崎の最も得意とするものであり、何らかの入れ知恵があったとしても不思議ではない。 また、この狂言事件には、乙骨正生や内藤国夫、竜年光に日顕宗関係者、そして「週刊新潮」や自民党政治家など、いわゆる反学会の連中が登場する。 だが、これらの連中と“扇の要”の如く連携できるのは、山崎以外にいない。自ら表面に出ず、黒幕を気取って見せるのも山崎の常套手段の一つである。 そして何より、山崎の関与を決定的に裏付ける証言がある。それは山崎をよく知る共産党の参議院議員秘書の発言である。 この人物、山崎や新潮・文春の記者や乙骨正生、更には日顕宗関係者とも“親交”を持ったことがある。いわば、かつては山崎の“仲間”ともいうべき人間。 その共産党議員秘書が「信平狂言訴訟」の成り立ちについて次のように語ったというのだ(第三文明社「誑し屋 山崎正友の虚言商法」)。 「山崎正友が仕掛け人であることは間違いない。私が見ていても」 何をかいわんやである。 当の山崎には、自身の謀略が露見すると、今度は自らが狂言回しの舞台に登場するという性癖がある。 かつて学会を恐喝した時もそうだった。逮捕直前になって、自ら実名で「週刊文春」などに登場し、嘘に嘘を重ねたのである。 あにはからんや、信平狂言でも全く同じ図式。 「週刊新潮」に捏造手記が掲載されて約二年も経ってから、ノコノコと“被害者の会”の会合に顔を出し、「(信子とは)会ったことも話したことも、手紙のやりとりもしたことはない」と躍起になって“無関係”を強調した。 だが、ご丁寧にも同じ会合に信子自身が登場。わざわざ時間差で、別々に顔を出したにもかかわらず、山崎とピタリと同じ内容で無関係を強調したのだ。これだけでも、いかに綿密な連携を取り合っているかわかる。まさに馬脚をあらわす結果になったのだ。 *自民党代議士・白川氏と国会デタラメ質問を画策* 「白山さん名誉毀損事件」の場合はどうか。 このデマ事件については本年三月、最高裁が新潮社の上告を棄却。白山さんに対する百十万円の損害賠償を命じる判決が確定したが、相も変わらぬ無反省な「週刊新潮」の反人権体質に、社会が厳しい指弾を浴びせている。 このデマ事件では、山崎が「週刊新潮」の捏造記事を使った国会デタラメ質問を画策したことが動かし難い証拠・証言で明白になっている。 山崎が謀略のシナリオを描いたという証拠は、山崎が日顕にあてた手紙(平成六年九月)に明らかだ。 その内容は、「二十七日、自民党の幹部と、今後の作戦の打合(ママ)わせをしました。これまでの成果をふまえ、これから始まる臨時国会から来年の通常国会に向けて、政治レベルでの戦いをどのように進めるかについて具体的な打合わせをしました」。 そして「十月十一〜十三日の予算委員会の審議で、テレビ中継の入る時間帯に、一時間ばかりかけて、創価学会問題を集中的に取り上げる」ということで、自民党幹部と意見が一致した、と山崎は得意満面になって日顕に報告している。 これがそのまま実行されたのである。 平成六年十月十一日の衆院予算委員会。自民党代議士によって「週刊新潮」のデマ記事が読み上げられ、一市民である白山さんは、その人権を二重に侵害された。 この言語道断の民主主義破壊の国会利用を手引きしたのが、山崎の手紙にある「自民党の幹部」こと、白川勝彦代議士である。 白川氏自身、この国会デタラメ質問を山崎と直接、接触して謀議したことを国会の場で認めているのだ。 国会議員としての職務を果たすどころか、あろうことかデマ記事をもとに学会中傷に狂奔した政治家。そして、その謀略のシナリオを仕組んだ山崎――国会という民主主義の牙城を、こんな馬鹿げた連中が猿芝居よろしく悪用すること自体、到底、許されるものではない。そればかりか、日本政治の質の悪さに世界の嘲笑(ちょうしょう)が集まるだろう。 *東村山市議転落死事件* 墓穴掘った山崎子飼いの乙骨正生 最後に「東村山市議転落死事件」。 この事件については、警察・検察ともに「事件性なし」と捜査を終結。 学会本部が「週刊現代」「週刊新潮」などを相手取って名誉毀損で提訴している。 この一連の経緯の中に、山崎は直接、姿を現していない。しかし、このデマ事件は、山崎子飼いの反学会ライター・乙骨正生が“黒子役”として登場しているのである。 山崎と乙骨正生とのつながりは、日顕から擯斥(ひんせき)され、宗門を追放になった僧侶グループ「正信会」の“指南役”を山崎が務め、乙骨正生が「正信会」機関紙の編集長だった当時から蜜月状態。あるジャーナリストは、乙骨など所詮、山崎の操り人形にすぎないと指摘するほどである。 その証拠が、かつて山崎が日顕にあてた手紙の次のくだりである。 「国会質問のための資料づくりを、私を中心に、段、乙骨の三人で作った上で……」 これは「白山さん名誉毀損事件」で、「週刊新潮」のデマ記事を使った国会デタラメ質問の画策について山崎が語った部分である。山崎にとって乙骨正生など自分の“子分”か“家来”のような存在にすぎないのだ。 確かに東村山事件は、山崎が最も得意とする謀略のシナリオ通り、展開している――まず三流週刊誌が騒ぐ。それをネタに国会質問で取り上げ、学会を中傷する。再び週刊誌が騒ぐ――その意味で、乙骨は山崎の言うがままに動いているだけ。とてもジャーナリストとして独り立ちしているとはいえない。所詮は、表=乙骨、裏=山崎で進められたというのが東村山事件の真相と言っても過言ではないのだ。 創価学会を陥れようと「三大デマ事件」の仕掛け人となって謀略に暗躍した山崎正友。 この男の狙いは結局のところ、すべて自らの野望の達成とカネである。もはや「三大デマ事件」が粉々に吹き飛んでしまった後、残ったのは山崎という低劣男の醜い本性だけである。 その証拠に山崎は、今、自業自得の裁判を抱えている。それは、かつて山崎を支援していた九州の女性が、山崎に大金を騙(だま)し取られたと返還訴訟を提起したものである。 本年六月、大分地裁は、山崎に五百五十万円の支払いを命じる全面敗訴の判決を下している。往生際の悪い山崎は福岡高裁に控訴。しかし、一審の大分地裁で“供述の重要部分で変遷があり信用できない”と嘘つきの烙印(らくいん)を押された山崎である。ペテンなど通じるわけがない。 まして、その女性が裁判所に提出した上申書によると、山崎は大金を巻き上げたばかりか、男女関係を持ち、弄(もてあそ)んだというのだから、こんな最低最悪の卑劣漢が断罪されるのは必至である。 こんなペテン師・山崎を軸に結託した悪意の連中も、山崎同様、次々と奈落への坂を転げ落ちている。 「自社さ政権」しかり、「四月会」しかり、「週刊新潮」しかり、「日顕宗」、そして「退転・反逆者」しかり……。みな今となって疫病神・山崎と結託したことを後悔しているだろうが、所詮は後の祭り。 山崎と組めば「終(つい)にほろびざるは候はず」(御書一一九〇ページ)。疫病神・奪命魔として忌み嫌われる山崎が、自身の転落の人生をも滅ぼし尽くすのも、そう遠くはない。 ペテン師・山崎の謀略を軸に日顕・竜・内藤・乙骨正生、そして「週刊新潮」、自民・白川代議士など反学会の連中が結託。学会を陥れようと「三大デマ事件」を画策したが、そのすべての策謀はことごとく崩壊した |